2015年8月29日〜30日の2日間、世界最大級の子ども創作イベントとして、国内外から注目を集めている、こどものためのワークショップ博覧会「ワークショップコレクション」が、今年は渋谷全域を使って開催されました。メイン会場は、取り壊しが決定している「新南平台東急ビル」と「渋谷TODビル」。取り壊し前のビルならではのダイナミックでワクワクするような使い方に、子どもたちは大興奮。
今回は、主催団体であるNPO法人CANVASの理事長 石戸奈々子さんに、JEEF鴨川光(GEMS担当)が、「これからの学びの在り方」についてお話をおうかがいしました。
日本全国に「新しい学び」を広めるために
鴨川 先日の「ワークショップ コレクション」を僕も見学してきました。企業や学校の先生、アーティストが出展していたりと、認知度が高まってきた、裾野が広がったという印象があるのですが、なぜこんなにも一般にワークショップが広まってきているのでしょうか?
石戸 今の子どもたちが大人になる頃には、現在の職業の65%がなくなるといわれています。これまでは、知識を記憶することに評価の力点がおかれていましたが、コンピューターができることはそれに置き換わる時代になってくるわけですね。そんな時代に、子どもたちにとって必要な力とは何かと考えてみると、それは、多様な価値観の人たちと協働しながら新しい価値を生みだしていく力だと考えています。つまりコンピューターには代替できない力である創造力とコミュニケーション力こそが求められている。そんな力を育むような学びをつくる活動を産官学連携で推進していきたいというのがCANVASを立ち上げた趣旨です。
CANVASの目的は、「主体的な学び/協調的な学び/創造的な学び」を提供していくこと。それにあたり、ワークショップという方法は1つの非常に有効な手段であると思っています。そのようなデジタル時代の「新しい学び」をファッションショーのようにポップに、より多くの人たちに伝えていきたいというのが「ワークショップコレクション」のはじまりです。
学校の先生、大学関係者、ミュージアム関係者、アーティスト、各種研究者・技術者、企業の方々、行政関係者、学生、おとうさん、おかあさん、おじいちゃん、おばあちゃん。そして主役の子どもたち。いろんな方々がワークショップコレクションに参加して下さっているのですが、ありとあらゆる大人が手を取り合って、これからの時代の新しい学びの場をつくっていく。そのプラットフォームをつくりたいというのもまたワークショップコレクションの願いです。
創作意欲を刺激するオフィス内
リニューアルしたCANVAS の CI テーマは「みんなでつくるCI」。今回生み出したのは、すべてが「道具」としてデザインされた新しいCIシステム。みなさんに、その道具を自由に使ってたくさんのロゴを創造して頂きたい。そんな願いを込めて、「未来をつくるお道具箱」をCANVAS の CI デザインとした。
大人も子どもも「みんなでつくる」ワークショップコレクション
石戸 ワークショップコレクションの一貫したテーマは「つくる」ということにあります。聞いたり探したり学んだりする活動は世の中に数多く存在しますが、ここで扱うワークショップはみな能動的に作り、見せ、コミュニケーションを取るタイプの活動です。創作・コミュニケーションの祭典なのです。そしてまた、「みんなでつくる」というのも、もう1つのテーマです。ワークショップコレクション自体を、出展者のみなさん、来場者のみなさん、みんなでつくります。、ワークショップコレクションは子どもたちの創造・表現活動の場であると同時に、ワークショップに関わるすべての人たちが出会う場でもあるのです。
鴨川 あと、凄く感動したのは、各フロアの誘導スタッフさんまでも楽しそうにしていたことです。
石戸 今年のワークショップコレクションは、約2000人のスタッフが関わりました。毎年、ボランティアで参加するのを楽しみにしてくれている方もいます。大人が楽しいと思えないと、子どもも楽しくないのですよね。私たちは自分たちも楽しみながら運営しています。
鴨川 ワークショップを全国に展開していくにあたり何か意識されていたり、工夫されていることはありますか?
石戸 そうですね、立ち上げ当初は、よく「アーティストを育てたいのですか」と聞かれました。CANVASが行いたいことはそうではなく、すべての子どもたちに創造的な学びの場を提供するということ。産学官、そして学校、ミュージアム、地域が協調して各地の拠点で行われているワークショップ活動を強化していくことにより、全国の子どもたちの取組を活性化していくことを目標としています。今年のワークショップコレクションもメイン会場以外にも11のサテライト会場を用意し、街中で展開しました。
どうやっていろんな方々を巻き込みながら、その地域に根ざした継続的な活動ができるか? を意識して活動しています。日本中の子どもたちがクリエイティブになってほしい。そのために必要なのは、各地域で自律分散的に子どもたちの創造活動が広がる仕組みだからです。
ワークショップコレクション11 inシブヤ
取り壊しが決定しているビルだからこそ、大胆な使い方を楽しめるワークショップがたくさん。
新しい学びのための環境づくり「遊びと学びのヒミツ基地」
鴨川 日本の教室は、フラットというか、特徴をなくしているような印象を受けます。アメリカの科学館やMITメディアラボ(※1)の写真を拝見すると、何か考えのヒントや刺激になるようなデザイン、構造があるように感じます。ワークショップコレクションの廃ビルにも子どもの心を動かされるような空間だと感じましたが、環境をつくることに関して気を付けていることはありますか?
石戸 子どもたちの創作意欲を刺激する空間づくりには気を付けています。もちろん、空間だけではなく、子どもたちとの接し方などにも注意をはらっています。私たちは、子どもたちが主体的に考えられるきっかけを提供するようにしています。私たちの目的は、大人が求めているゴールに子どもたちを導くことではないからです。大人ができることは、場とツールを用意してあげること。見守るということも大切だと思っています。
きっかけがあれば子どもたちは自ら学び続けるものだと考えています。私たちは、スキルや知識を学んで欲しいのではなく、学び方を学ぶこと、学び続ける力を身に付けることが大切だと思っています。
鴨川 僕も「学び方を学ぶ」って大好きな言葉で、GEMSにもLEARNING about LEARNING学び方を学ぶ(※2)というガイドブックがあります。GEMSの場合、普及の形態としてガイドブックの形式をとっています。これを販売することで、先生たちが自由に実施してよいという形になっています。
このプログラムを小学生にやってみた時に、「学び・学習」ってどういうイメージがある? ときくと、「きらい」「つまらない」っていうんですよね。もしかして学びって、勉強のことだと思ってない? ときくと「えっ違うの?」っていうんです。「学び・学習」という言葉が、勉強に支配されている感じがしますよね。
※1:MITメディアラボ
石戸氏が客員研究員を務めた、ボストンにあるマサチューセッツ工科大学メディアラボ。1985年の設立以来、デジタルの未来社会に対するビジョンを世界に対して打ち出し続けてきた。
石戸 そうですね。最近学力低下が騒がれはじめたきっかけは、OECDが行なっている学力到達度調査PISAでの日本の順位が下がり続けていたことにあると思うのですが、実はもっと深刻なデータがあります。勉強を楽しいと思うか? 役立つと思うか? と聞くと、国際平均と比べて、勉強が楽しくない、役に立たないと回答する子どもが20〜30ポイント多く、モチベーションが低いというのです。学びの動機付けがないんですよね。その方がよっぽど問題。
私たちは、「遊びと学びのヒミツ基地」という副題をつくっているのですが、遊びと学びって本来一体のもの。新しいことを発見すると、子どもたちの顔がぱぁっと明るくなります。子どもたちはどこでも遊び、どこでも学びます。家でも公園でも空き地でも道路でも。押し入れでもキッチンでも物置でも。全ての空間が子どもたちにとってはラボなのです。ここを押すとどうなるのだろう? これをつなげるとどうなるのだろう? たくさんの実験をして、たくさんの試行錯誤をして、たくさんのことを学んでいるのです。ところが、いつの間にか、学びと遊びが分かれ、学びには苦痛が伴い、楽しみが失われていきました。人間の学びを本来の楽しい知的探求の活動として取り戻したい、そう願っています。
実際、大学を会場にしたサマーキャンプでは、子どもたちは、お昼食べる時間ももったいない、朝も早く来る、夜もなかなか帰らない、とにかく夢中にやっていて、夢中になる中で知識も含めていろんなことを学んでいくんですよね。
未来の社会で必要とされる力は?
鴨川 2013年に全米でNGSS(サイエンスのスタンダード)が発表されました。その序文では「知識が増えすぎているので、知識を教えることに時間を割くのではなく、子どもたちが自分の望む知識を獲得できる力を育てることに力を注ぐ」といっています。日本でも去年急に「アクティブラーニング」という言葉が使われ始めていますよね。
石戸 検索をすれば知識を得ることができる時代、知識を持っているということの価値は相対的に下がっていき、必要な情報を入手する方法を知っていたり、知識を応用して自分なりの価値をつくり出していくこと、応用力や活用力の方が大事になってきていますよね。
鴨川 去年アメリカに行った時に、よく「トランスファー」という言葉が使われていました。それは評価研究所の所長さんが仰っていたのですが、「自分の持っている物をどうトランスファーできるかという力をこれからは伸ばしていく時代だ」と仰っていました。ワークショップというのは、いろんなトランスファーが起る。自分でやってみて、友達がやってるのを見て、じゃあこれと合わせてみない? とか。みんなで作っていこうよという相互作用の中でいろんなお互いの影響がおきて、僕はそれが魅力的だなぁと思っています。
石戸 そうですね。社会に出ると、一人ですることはほとんどなく、チームを組み、他者との協働で活動や仕事をしていきます。もともとチームでやることが前提であれば、「自分はこれができる」→「これをやろう」という発想ではなく、「これをやりたい」→「足りない情報や人は集めてこよう」という発想になれると思うんです。そうすれば、可能性も無限大に広がりますよね。子どもの頃からその感覚を持てると、広い視野で発想できるようになると思います。
また、チームで制作をするサマーキャンプの後に、保護者の方に、生活態度がよくなったとよくいわれます。「ご飯中の会話が増えた」「学校で手を挙げるようになった」などです。それは、ひとつのことをチームで成し遂げた達成感が、成功体験となり、全てのことに対して意欲的に取り組めるようになったということだと思います。そのような経験が大切かなと思います。
石戸 そうなんですよ。以前、ある大学でカンニング事件が起こりました。入学試験中に、受験者が携帯電話を使い、ネットの掲示板に問題を記載し、解答を教えてもらおうとしたのです。もちろん彼がやったことは不正であり、決して許されることではありません。でも、社会に出た時に必要になる力というのは彼が行なったようなことなのではないかと思うのです。自分が持っているありとあらゆるものを活用し、最適解を導きだすこと。今後、もしかしたら、試験の問題が、彼が行ったような力を問う問題に変わっていかなくてはいけないのかもしれません。
鴨川 僕がその事件でびっくりしたのが、その質問をたまたま見ている人の中に、すぐに解ける人がいたっていう…。それだけ知識をもっている人と即時コンタクトとれる時代になってきているんですね。
ありとあらゆる情報を、いつでも手軽に入手できる時代。便利な反面、心を揺さぶられるような感動は得られにくくなっているのかなとも思うのですが。
石戸 そうですね。ですから私たちは、子どもたちが「本物」に触れられる機会も大切にしています。各分野のプロフェッショナルに実際に来ていただくようにしています。
究極の本物は「自然」とも言えますね。自然からはたくさんのことを学び、感じられます。不思議なことに満ちあふれ、常に予想もしない変化が起こる自然は、子どもたちの好奇心を刺激し、探究心を育み、そして瞬時に対処する力、「生きる力」を育むと思います。
地球のこどもとは
『地球のこども』は日本環境教育フォーラム(JEEF)が会員の方向けに年6回発行している機関誌です。
私たち人間を含むあらゆる生命が「地球のこども」であるという想いから名づけました。本誌では、JEEFの活動報告を中心に、広く環境の分野で活躍される方のエッセイやインタビュー、自然学校、教育現場からのレポートや、海外の環境教育事情など、環境教育に関する幅広い情報を紹介しています。