機関誌「地球のこども」 Child of the earth

ホールアース農場のホンキの田畑で伝える 2017.04.17

文:平野 達也(ホールアース農場

「体験用」の田畑はありません

ホールアース農場にあるのは、販売用の米や野菜を生産するためのホンキの田畑です。管理面積は約3ヘクタールと、中山間地域の有機農業者としては、やや大きめの規模かもしれません。農薬や化学肥料を使わず、年間80種類の農作物を生産し、一般消費者や飲食店に販売しています。

一方、年間を通じて幼児・親子や企業社員向けに田植えや稲刈り、季節の食農体験プログラムを提供しています。つまり、全ての体験プログラムはホンキの田畑で行っています。

なぜ、「体験用」の田畑がないのか。それは、農作業の楽しさや収穫の歓びはもちろんのこと、日々生業(なりわい)として田畑と向き合う農業者の姿勢・想いを含めて参加者に伝えてゆきたいからです。農業者の「農」に対する眼差し、自然に対する洞察力・対応力・感受性は、切れ目なく田畑と向き合う毎日の中から育てられると感じています。

 

年間80種類の米・野菜を生産しています。

年間80種類の米・野菜を生産しています。

「伝える」ことに感じた違和感

かくいう私は、39歳で農業をはじめてまだ6年目。非農家出身・農業経験も農業研修もなしのほぼ独学農家。わからないことは即ネット検索。動画サイトで種まきの方法を学んだ「ネット農民」です。その前は10年以上自然学校で活動し、環境教育プログラムの企画・実施、富士登山や洞窟探険のガイドをしていました。

しかし、いつの頃からか、自然学校の「伝える」という仕事に違和感を覚えるようになりました。「伝える」という方法論に囚われすぎて、「何を」伝えてゆくのかというコンテンツが置き去りになってゆく感覚。

自然学校の草創期を牽引した第一世代の方々が「伝える」ことを仕事にしてくれましたが、その活動を継承してゆく中で方法論だけが上滑りし、社会問題の上澄みだけをすくって「伝えた」つもりになっているのではないか。そんな違和感の正体は「リアリティの欠如」であったような気がします。

農業を取り巻く環境は年々変化しています。全国的に後継者不足や耕作放棄地の増加が問題となっていますが、本当に目の前の農地が毎年1枚、2枚と休耕地となってゆく様子をみるにつけ、「伝え手」以前に「実践者」として農業に携わりたいと思うようになりました。

これは「伝え手」という役割を辞めたということではありません。むしろ農業の価値や魅力、課題や未来を伝えられる資質を獲得するために、どうしても必要なプロセスとして農業者となることを選択したということです。

田植えは「遊び」ではなく「仕事」であることを伝えます。

田植えは「遊び」ではなく「仕事」であることを伝えます。

 

農薬や化学肥料を使わない合鴨農法で、田んぼの除草に活躍してくれたアヒル。感謝を込めて頂きます。

農薬や化学肥料を使わない合鴨農法で、田んぼの除草に活躍してくれたアヒル。感謝を込めて頂きます。

 

自分の頭で考えてみる

ところが(というかやっぱり)、はじめの1〜2年はやる事なす事失敗ばかり。周りの農家さんに教えを乞うたり、書籍やネットで調べたりしましたが、どうにも上手くいきません。あるとき、人から教わったことは一旦横に置き、自分の眼で観察し、自分の頭で考えることを始めました。観察し、仮説を立て、実践し、検証する。これを繰り返すうちに、「失敗のパターン」が見えるようになってきました。

例えば人参の種まき。1年目、発芽はしたものの、播種密度が高すぎて十分に成長する前に蒸れて病気になりました。2年目。人参の種は好光性種子(光が当たることで発芽しやすくなる)なので浅く蒔くと教えられ、浅蒔き+もみ殻を覆土代わりにしたものの発芽せず。3年目はもっと浅蒔きにして発芽せず。

ところが、一部だけ播種機の深さ設定を間違えて浅蒔きしなかったところは格段に発芽率が良かったことに気が付き、4年目は普通に覆土してようやく発芽が揃いました。発芽不良の原因は浅蒔きによる過乾燥だったようです。5年目は前年のやり方を踏襲し、概ね上手くいきましたが、真夏に播種した際、乾燥防止にと不織布を被せたことがアダとなり、せっかく発芽した芽が蒸れて4畝(うね)ほど枯れました。

たった1種類の野菜の種でも、密度・湿度・温度・光・土壌条件などにより結果に雲泥の差が出ます。上手くいかなかったとき、その野菜の売上が無くなることは収入減に直結するので、寝ても覚めても「なんで? なんで?」と考え続けることになるわけですが、実はこの時間がとても大切なのです。

教科書の成功方法とたくさんの失敗経験

野菜の作り方が書かれた本などには、「こうすれば上手くいきますよ」という一般的な方法が書かれています。当たり前ですが「こうしたら失敗しますよ」ということは書かれていません。ところが、農地の諸条件(気候帯・日当たり・保水性等)によって、教科書通りにやっても思い通りの結果が得られないことが多々あります。それに加え、近年の極端な天候(豪雨・日照不足・日照り等)は条件を更に複雑にします。

ここで大切なのは、基本を押さえながらも、諸条件の変動に対応する応用力であり、その力は単一の「上手くいく方法」よりも、たくさんの失敗パターンを身をもって学ぶことによって鍛えられると痛感しています。

この意味で、農業は自然との付き合い方を学ぶ環境教育の素晴らしい「教材」であると思います。何しろ、結果を左右するカードの半分は自然側が握っているわけで、そこを上手に利用したり、リスク回避をしながら生産性を少しでもあげようと一生懸命になるのですから。

ただ、教材はあくまで教材。自然との上手な付き合い方、折り合いの付け方を学ぶことができる農業を、一般の方の学の場とするための「仕掛け」を作る必要があります。「自然学校×農業」の新しい形。これから、生産現場で土まみれになった手と頭で創ってゆきます。

hirano

 

平野達也(ひらの たつや)

農業生産法人ホールアース農場代表。リゾート開発会社勤務を経て1999年ホールアース自然学校入社。エコツーリズム推進事業の他、少人数制富士登山ツアーや健康増進事業、着地型旅行業、溶岩染め商品の開発等の新規事業を担当。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際関係学修士。

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