文:藤野 麻子(本とコーヒー 麦小舎 )
幼い頃から通った山小屋へ移住
私たちが営むブックカフェ「麦小舎」は、昨年(2016年)、オープンから丸10年を迎えました。10年といっても、お店が開くのは毎年4~11月の半年間の週末のみ。営業日数で数えればまだまだ駆け出しのような小さなカフェですが、あらためて10年を振り返ると、たくさんのかけがえのない出会いに恵まれました。
浅間山の群馬県側の北麓、標高1100mの高原の村・北軽井沢。私たち夫婦は、30歳を目前にした13年前、東京からこの地に移住を決めました。私が生まれ育ったのは神奈川ですが、北軽井沢には両親が建てた山小屋があり、物心ついた頃から毎夏のように家族で訪れていました。東京での仕事が一区切りついたのと、両親がそろそろこの家を手放すかもしれないと言い始めたタイミングが重なり、ならば暮らしの場を変えてみるのも良いかもしれないと、自然に気持ちが切り替わったのです。
自然のリズムに従う暮らし
山小屋として慣れ親しんでいたとはいえ、実際に暮らすとなると、最初は驚きの連続でした。北軽井沢は、夏場は避暑地や観光地として賑わいますが、氷点下20℃まで冷え込む冬は雪と氷に閉ざされます。室内がマイナスになってしまうこともざらで、暖を取るための薪ストーブが大活躍。お風呂も薪で沸かす五右衛門タイプなので、薪の調達は通年の仕事です。今でこそ近くにコンビニができましたが、普段の買い物や病院は車で30分以上かけて隣町まで。家の修繕や、足りないものがあれば、自分たちで作る。
「スローライフ」だなんて、とんでもない! 日常生活のためにやるべきことは常に山積み。人間の好きなように生活や時間をコントロールできていた都会暮らしとは違い、ここでは季節や天候など、自然のリズムに従わなければ生きてはいけません。そのリズムがつかめるまでは大変なこともありましたが、少しずつ、それこそが本来の暮らし方なのではないかと思えるようになってきました。
カフェを開いたのも、そうした都会では味わえない暮らしそのものを知ってもらう入り口になればと考えたからです。カフェを生計の手段とは考えず、他の仕事と両立させながら、あくまで自分たちも楽しめる範囲で続けていこうと決めました。そのためオープンは週末のみ。(平日は、夫は林業の会社に勤め、私は編集やライター業で収入を得ています。)もともと本が好きでそれなりの数が揃っていたため、自分たちの本棚をそのまま公開し、雑木林の木々に囲まれたこの場所でゆっくりと読書を愉しんでもらえるよう空間を整えました。数年前からは、古書を販売する小さな本屋さんの小屋も増設しました。
森や草原に流れる時間を感じてもらいたい
ここではコーヒー1杯で何時間でも過ごしてもらって構いません。むしろそうやって長く滞在し、北軽井沢の森や草原に流れる時間をほんの少しでも感じ取ってもらいたいというのが私たちの希望でもあります。初めは「こんなことで商売が成り立つの?」と驚かれたり叱られたり、ままごとのようだと揶揄されたこともありました。けれど、年数を重ねるうちに、「ここに来るとホッとするんです」「ここに通ううちに北軽井沢が大好きになりました」と言っていただく機会が増え、小さくとも続けてきてよかったと実感します。
なにより幸せなのは、カフェを通じて仲間の輪が広がることで、私たち自身がますますこの場所での暮らしを楽しみ続けていられるということ。木に例えれば、ようやく細い根が地中に張り始めたばかりですが、自然の恵みや人との出会いを養分にして、じっくり、ゆっくり、カフェとともにこの大地に根を下ろしていければいいなと願っています。
地球のこどもとは
『地球のこども』は日本環境教育フォーラム(JEEF)が会員の方向けに年6回発行している機関誌です。
私たち人間を含むあらゆる生命が「地球のこども」であるという想いから名づけました。本誌では、JEEFの活動報告を中心に、広く環境の分野で活躍される方のエッセイやインタビュー、自然学校、教育現場からのレポートや、海外の環境教育事情など、環境教育に関する幅広い情報を紹介しています。