機関誌「地球のこども」 Child of the earth

“食べものつき情報誌”でつくる人と食べる人をつなぐ 2014.10.28

文:高橋 博之 東北食べる通信編集長

食べものの価値は値段で決まるのか

スーパーに行く。食べものを選ぶ。食べる。これらは私たち誰もが日常的に行っています。では、スーパーで得られる情報にはどんなものがあるでしょうか。値段、カロリー、食味、見た目など、多くが消費領域の情報です。そして、多くの消費者は値段を見て食べものの価値を計ります。現在の社会では、家電製品や車などに求められる、大量に安く生産する「効率性」が、食べものづくりの世界にも求められているのです。しかし、その食べものを育む自然とは、人間の計算通りになりません。雨が降らなければ作物は育ちませんし、人間は雨を降らせることができません。

本来、食べものの生産とは、非効率から逃れられないもののはずです。こうした背景が見えない消費者は値段で食べものの価値を判断し、それを口にしています。その結果、一次産業は、本当の価値を理解されず、低い評価を受け買い叩かれてきました。こうした生産者と消費者の悪循環から脱するためには、両者が直接つながることで消費社会を乗り越えていくことが必要です。食べものを「いのち」として生産者から消費者にリレーしていく。そのためには、まずは非効率な部分も含めた食べものづくりの背景、価値を消費者に知ってもらい、認めてもらうことが大事です。

自慢の一品をドラマと共にお届け

私たちNPO法人東北開墾は、食べものつき情報誌「東北食べる通信」を発行しています。毎月1回、東北各地のこだわりの生産を続けるスペシャリストたちをクローズアップし、特集記事とともに、彼らが収穫した自慢の一品をセットでお届けしています。食べものの裏側には、ドラマがあります。その食べものを育てているのがいったいどんな人で、どんな人生を歩んできたのか。どんな哲学をもって食べものを育てているのか。そしてその食べものを育む自然とはいかなるものか。そういった生産者の情報を提供することで、食べものの裏側を可視化し、分断された生産者と消費者をつなげることで消費社会を乗り越えていくことが必要だと考えます。

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特集記事+自慢の一品

また、食べる通信読者専用のフェイスブックページやイベントを通して、生産者と消費者が直接コミュニケーションをとる機会を提供しています。生産者自身が生産環境や作物の生育レポートなどについて発信することで、一切のフィルターなしで読者は生産現場について知ることができます。そこでは生産者に直接会いにいく消費者がいたり、レシピ交換などで消費者同士のつながりも生まれたりと、「食」を通して新しいコミュニティが生まれています。

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東北食べる通信 創刊一周年記念 特集した生産者を迎えて開催した読者交流イベント
生産者自ら生みだした食材による、たくさんの料理が並んだ。読者は、応援しているお気に入りの生産者に直接会い、新たな魅力に触れ、共に「食べる通信」を広めることに積極的な様子が伺えた。生産者は、普段の孤独な作業だけでなく、このような場があることで、意欲が湧いてくるとの言葉も。

お気に入りの「マイ農家」を応援する日本版 CSA

「東北食べる通信」を通じて知った生産者のことをもっと応援したい、収穫体験などで現地を訪れたいという読者のために、「マイ農家」「マイ漁師」として深い交流ができるCSA(Community Supported Agriculture)サービスも始めています。CSAとは地域住民が小規模農家や地元農家を支援する会員となり、商品の代金を前払いし自然災害などのリスクを共有する、生産者と消費者の直接取引のシステムです。アメリカでは1万件を超える農場に広がっていますが、日本での普及はまだまだです。

私たちが考える日本版のCSAでは、生産者と消費者のコミュニケーションを重視しています。日頃は、SNS上で会話し、休日には会員は実際に生産地を訪れて農家や漁師と交流し、収穫や出荷を手伝ったりします。そしてその生産物が年に2、3回自宅に送られてきます。会員の中には、「また会いに行くことができる拠点ができてうれしい」と、地方に第二のふるさとを見つけている方もいます。そこには、CSAを通じて都市の生活者が生きがいを求めて、一次産業に参加していく可能性が、広がっています。

このままでは、30年後の日本では帰省ラッシュがなくなると予測されています。つまり、帰るふるさとがない首都圏生まれの首都圏育ちがどっと増え、都市と農山漁村をつないできた血縁関係は、急速に先細るということです。その血縁に代わる新しい関係性を結んでいかなければ、都市と農山漁村の断絶は決定的になります。「食」でつながることはとてもわかりやすいです。「食」は誰もが必要とする日常的な行為です。農産漁村に住む人からすれば、都市の人に買ってもらわないと生きていけない、都市に住む人からすれば、農山漁村の人に食べものをつくってもらわないと、生きていけないという相互補完関係にあるはずです。

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「いのち」をリレーする

生きることは食べること。食べることはつくること。つくることは体を動かすこと。体を動かすことは生きる事。そのいのちのサイクルが生産現場ではぐるぐる回っています。東北食べる通信3月号で特集した宮城県南三陸町歌津の漁師、千葉拓さん(28)は次のように言います。

食べるということは、他の生き物のいのちを殺して自分のいのちを活かすこと。そのことを暮らしの中で一瞬でも実感することができれば、生きる力となる。そのことを食べる人にも伝えたい。

生産現場への参画は、私たちの中にある眠れるいのちを呼び覚ましてくれます。  

東北食べる通信は、この「食」に関わるおもしろさ、社会にコミットするおもしろさ、生きる力がかき立てられる喜び、いのちが踊る喜びを実感できる独自のサービスを開発、提供していきます。その基本が、断絶していた「つくる」と「たべる」をつなぐことです。食べものをモノとして左から右に流すのではなく、食べものをいのちとして生産者から消費者にリレーしていく。それを実現するためには、単に生産者がつくった食べ物だけでなく、人間の力が及ばない自然に働きかけて、いのちの糧を生みだす生産者の生き様そのものに、価値を見出だしていく必要があります。その価値を伝える情報を消費者に届け、双方がコミュニケーションを交わしながら相互理解を深める。さらに、その価値を共有した者同士でコミュニティを形成し、一人ひとりの暮らしにつくる力と感動を、回復していきたいと考えています。

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高橋 博之(たかはし ひろゆき)

東北食べる通信編集長
1974年、岩手県花巻市生まれ。2006年岩手県議員補欠選挙に無所属で立候補、初当選。政党や企業、団体の支援を一切受けず、お金をかけない草の根ボランティア選挙で鉄板組織の壁に風穴を開けた。2011年に岩手県知事選に出馬、次点で落選。沿岸被災地270キロを徒歩で遊説する前代未聞の選挙戦を展開。2013年、事業家へ転身。NPO法人「東北開墾」を立ち上げる。
東北食べる通信ウェブサイト

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