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グラスの中の自然(2)温暖化とワイン 2023.10.15

葡萄は、夜の暑さに弱い。

植物は、昼間に光のエネルギーを使ってCO2と水から糖を合成する。一方、昼も夜も、呼吸することで酸素を吸い、CO2を排出している。昼間に充分な光があり光合成が活発に行われている間は、光エネルギーによる糖の合成が、呼吸による消費を上回る。

しかし、夜間には、呼吸による消費だけが進行する。そして、呼吸活動は、気温が高いほど活発になってしまう。つまり夜の気温が高いと、せっかく合成した糖が、夜の間に呼吸で消費されてしまうのだ。

昔から、いい葡萄を収穫するためには、昼夜の気温差が大きい土地がふさわしいと言われてきたのは、そのためだ。山梨県にあるサントリー登美の丘ワイナリーも、もともと、そういう気候条件に恵まれていた。

 

ところが、そんな土地にも温暖化の波は容赦なく押し寄せている。

昼間の暑さも高原とは思えないほどになってきたが、なにしろ、夜の気温が下がらない。葡萄の実が健全に熟し、充分に色づくためには、皮の色が緑から青へと変化し始めてから収穫までの一ケ月ほどの期間、最低気温が20度を大きく下回る必要があるのだが、そういう涼しい日が数日さえもないような夏が続いている。

こういう状況の中で、ワイン造りたちに出来る対策は残念ながら限られている。

一つは、冷涼な地域に畑を移すという手段だ。当然、サントリー全体ではこの対策を取り始めているが、残念ながら広大な自社葡萄園を経営している登美の丘をよそに移すわけにはいかない。

となると、登美の丘で出来る対策は、ひとつしかない、と思われていた。

暑さへの耐性が高い南方の葡萄品種や、品種改良による新品種に植え替えるという手段である。当然、その対策もすでに進行中だが、新品種に植え替えた場合に、今までの登美の丘ワインの品質・個性を維持できるかどうかは、やってみなければ分からない冒険である。

 

さあ、どうしよう、という時に、山梨大学から、ひとつの提案がもたらされた。

葡萄が実る時期を遅らせたらどうか、という破天荒なアイデアである。

簡単にいうと、最初に伸びてきた新梢の先端を花芽ごと切除する。すると葡萄の樹は、来年に備えて眠らせていた予備の梢(副梢)を伸ばしてくる。そこについた花芽を育てれば、収穫時期を1カ月から40日ほど遅らせることが出来るのではないか。

副梢栽培。こんな風に最初に伸びてきた花芽をカットする。

2021年にメルロという葡萄を使い、20aほどの小区画で開始された実験は、まずまず良好な結果となり、22年には、実験区を140aにまで拡大、一部の区画でシャルドネとカベルネ・ソーヴィニヨンという品種も実験に加えられた。この年収穫されたメルロは、小粒で色づきもよく、醸造したワインも、複雑で旨味のあるしっかりした風味に仕上がった。その出来栄えに、こういう手があったかと、正直びっくりしたものだ。


同じ時期の通常の栽培区の葡萄(すでに色づいている)と、副梢区の葡萄。狙い通り、成熟期が1カ月以上遅くなっている。

唯一、手間がかかるのが難点だったが、部署を横断したサントリー社員がボランティアで参加することで、解決した。

気候変動への「適応策」から生まれたワインを、もうすぐお届けすることができるだろう。

副梢栽培区で作業する社員ボランティアたち

※グラスの中の自然(1)は機関誌「地球のこども」2023年夏号に掲載しています。

山田 健(やまだ たけし)

1955年生まれ。サントリーホールディングス株式会社サステナビリティ経営推進本部シニアアドバイザー。JEEF理事。全国1万2千ヘクタールの「サントリー天然水の森」を舞台とした研究・整備活動を推進している。著書に「水を守りに、森へ」「オオカミがいないと、なぜウサギが滅びるのか」など。ワインやウイスキーの著書も多数。

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