ウイスキーの世界では、製造に使う水をマザーウォーターと呼んでいる。
主に、砕いた大麦麦芽に水を加えて糖化・発酵をする際に使われる水を指すが、自社で麦芽製造まで行っている蒸溜所では、大麦を発芽させるために漬け込む水にも使われ、また、瓶詰めまで蒸溜所でおこなっている場合には、製品化する際の割り水にも使用される。
そして、その水の良し悪しがウイスキーの品質に決定的な影響を与えると信じられている。
1923年。 サントリーが日本最初のウイスキー蒸溜所を建てたとき、全国の水を調べて回ったのもそのためだ。スコッチウイスキーの権威ムーア博士にサンプルを送り、最終的にお墨付きを得たのが京都郊外の山崎の水だったのだ。
山崎のマザーウォーターの水質は、天王山とその周辺の山々を構成している堆積岩の中を、ゆっくりと流れる間に形成される。
この堆積岩を、もう少し詳しく説明すると、1億5千万年以上昔に、遠洋で堆積した石灰岩やチャート(火打石)、陸に近い辺りで堆積した礫岩や砂岩、泥岩が、プレート移動で大陸のへりに押し付けられた岩体である。
そして、それらの多様な岩石から溶け出してきた複雑なミネラルが、「シングルモルトウイスキー山崎」の複雑で力強い味わいのベースになっているのだ。
「山崎12年」の味わいの背後には、樽の中ですごした12年の歳月だけではなく、地層の中を流れてきた数十年の歳月と、さらには、1億5千万年を超える岩石の歴史が隠されているということだ。
山崎蒸溜所の50年後に建設された白州蒸溜所のマザーウォーターの起源はもう少し新しい。新しいといっても1400万年前だから、人間の時間感覚からすれば、ずいぶん古い。
そのころ、地下深くで溶岩ドームを形成した花崗岩が、プレート移動の圧力で隆起し、地表に頭を出し、今の姿になるまでに、1400万年という途方もない歳月が必要だったのだ。
花崗岩の成分は、堆積岩に比べるとシンプルである。さらに地下深くでゆっくりと結晶化しているために、ひとつひとつの結晶が大きい。つまり、地下を流れる水と鉱物の接触面積が小さくなる。そのため、溶け出してくるミネラルが質的にも量的にも少なくなるのだ。
水の硬度で言うと、山崎が大体100なのに対して、白州の水は30程度になる。
第二の蒸溜所の水として、山崎とは対照的に軽い軟水を選んだのは、せっかく新しい蒸溜所を建てるなら、山崎とは全く異なる個性のウイスキーを作りたかったからだ。
その目論見通り、白州12年は、柑橘類を思わせるフルーティで軽やかな風味に育ってくれている。
異なる個性の原酒を得ることで、角瓶などのブレンデッドウイスキーの品質も、よりバランスのとれたものに仕上がるようになった。ウイスキーにも、多様性が大切なのだ。
グラスを傾けながら、琥珀色の液体の背後に隠れている、気の遠くなるような歳月に思いをはせる。ウイスキーには、そんな楽しみ方もあるように思う。
ちなみに、マザーウォーターには、もうひとつの効用がある。水割りの際に使う氷や割水をマザーウォーターにすることで、一味違う美味しさを楽しめるのである。
シングルモルト白州の水割りを楽しむ際には、ぜひ南アルプスの天然水で試していただきたい。山崎のほうは、炭酸水しか発売していないが、ハイボールの際に、他の炭酸水との違いを試していただくのも、一興かもしれない。