会員ページ Member Only

グラスの中の自然(5) ウイスキーとマザーウォーター 2024.01.16

ウイスキーの世界では、製造に使う水をマザーウォーターと呼んでいる。

主に、砕いた大麦麦芽に水を加えて糖化・発酵をする際に使われる水を指すが、自社で麦芽製造まで行っている蒸溜所では、大麦を発芽させるために漬け込む水にも使われ、また、瓶詰めまで蒸溜所でおこなっている場合には、製品化する際の割り水にも使用される。

そして、その水の良し悪しがウイスキーの品質に決定的な影響を与えると信じられている。

1923年。                                               サントリーが日本最初のウイスキー蒸溜所を建てたとき、全国の水を調べて回ったのもそのためだ。スコッチウイスキーの権威ムーア博士にサンプルを送り、最終的にお墨付きを得たのが京都郊外の山崎の水だったのだ。

山崎のマザーウォーターの水質は、天王山とその周辺の山々を構成している堆積岩の中を、ゆっくりと流れる間に形成される。

この堆積岩を、もう少し詳しく説明すると、1億5千万年以上昔に、遠洋で堆積した石灰岩やチャート(火打石)、陸に近い辺りで堆積した礫岩や砂岩、泥岩が、プレート移動で大陸のへりに押し付けられた岩体である。

そして、それらの多様な岩石から溶け出してきた複雑なミネラルが、「シングルモルトウイスキー山崎」の複雑で力強い味わいのベースになっているのだ。

「山崎12年」の味わいの背後には、樽の中ですごした12年の歳月だけではなく、地層の中を流れてきた数十年の歳月と、さらには、1億5千万年を超える岩石の歴史が隠されているということだ。

山崎蒸溜所と背後に広がる天王山。成立が古いだけになだらかな山容をしている。

山崎蒸溜所の50年後に建設された白州蒸溜所のマザーウォーターの起源はもう少し新しい。新しいといっても1400万年前だから、人間の時間感覚からすれば、ずいぶん古い。

そのころ、地下深くで溶岩ドームを形成した花崗岩が、プレート移動の圧力で隆起し、地表に頭を出し、今の姿になるまでに、1400万年という途方もない歳月が必要だったのだ。

花崗岩の成分は、堆積岩に比べるとシンプルである。さらに地下深くでゆっくりと結晶化しているために、ひとつひとつの結晶が大きい。つまり、地下を流れる水と鉱物の接触面積が小さくなる。そのため、溶け出してくるミネラルが質的にも量的にも少なくなるのだ。

水の硬度で言うと、山崎が大体100なのに対して、白州の水は30程度になる。

中央の建物群が、白州蒸溜所。背後に白く見えるのは、花崗岩の山で普通に見られる崩壊地形。

第二の蒸溜所の水として、山崎とは対照的に軽い軟水を選んだのは、せっかく新しい蒸溜所を建てるなら、山崎とは全く異なる個性のウイスキーを作りたかったからだ。

その目論見通り、白州12年は、柑橘類を思わせるフルーティで軽やかな風味に育ってくれている。

異なる個性の原酒を得ることで、角瓶などのブレンデッドウイスキーの品質も、よりバランスのとれたものに仕上がるようになった。ウイスキーにも、多様性が大切なのだ。

グラスを傾けながら、琥珀色の液体の背後に隠れている、気の遠くなるような歳月に思いをはせる。ウイスキーには、そんな楽しみ方もあるように思う。

 

ちなみに、マザーウォーターには、もうひとつの効用がある。水割りの際に使う氷や割水をマザーウォーターにすることで、一味違う美味しさを楽しめるのである。

シングルモルト白州の水割りを楽しむ際には、ぜひ南アルプスの天然水で試していただきたい。山崎のほうは、炭酸水しか発売していないが、ハイボールの際に、他の炭酸水との違いを試していただくのも、一興かもしれない。

山田 健(やまだ たけし)

1955年生まれ。サントリーホールディングス株式会社サステナビリティ経営推進本部シニアアドバイザー。JEEF理事。全国1万2千ヘクタールの「サントリー天然水の森」を舞台とした研究・整備活動を推進している。著書に「水を守りに、森へ」「オオカミがいないと、なぜウサギが滅びるのか」など。ワインやウイスキーの著書も多数。

JEEFメールマガジン「身近メール」

JEEFに関するお知らせやイベント情報、
JEEF会員などからの環境教育に関する情報を
お届けします。

オフィシャルSNSアカウント

JEEFではFacebook、Twitterでも
情報発信を行っています。
ぜひフォローをお願い致します!