文:川廷 昌弘
((株)博報堂広報室CSRグループ推進担当部長、(一社)CEPAジャパン代表)
コミュニケーションという言葉を聞いて、誰もが様々な光景を思い浮かべるように思う。この言葉、いったい何を定義しているのだろうか。お互いの存在を意識しなくてもコミュニケーションは成立していると言う人もいるだろうし、それではコミュニケーションとは言えないと言う人もいるだろう。自分を生態系のひとつの命として考えると、地球上に存在していることで既にコミュニケーション状態にあるとも思えるし、人間社会に限ったことではないかとも思える。全くもって不思議で魅力的な概念としか言いようがない。
そもそも日本人は翻訳語を使う知恵を豊かにもっている。それは、私たちの祖先達が、海に囲まれていながら67%が森林に覆われた狭い平野部しか持たない日本列島で、109の一級河川による流域を活かして、多彩な自然と共に暮らしてきた歴史があるからだと考えたい。しかし、コミュニケーションに該当する、適切な日本語への翻訳語が見当たらない。例えば、後で述べるが、多くの人が奮闘している「Biodiversity」に、「生物多様性」という直訳語が活用されているにも関わらず。
ウェブ検索できたもので、コミュニケーションの語源の記載があるものと、コミュニケーションと名のつく学会を調べてみた。(参考:1)
参考:1 コミュニケーションの語源
(ウェブ検索によるもの)
言語,身ぶり,画像などの物質的記号を媒介手段とした精神的交流のこと。語源はラテン語で「分かち合う」を意味する communicare。歴史的には物質的記号は初期の身ぶり,叫びなどの直接的で無反省な状態から,明確な言語などの普遍的かつ間接的な状態へと発達した。生物学用語としては,動物の同種個体間にみられる種々の信号のやりとりをさす。動作や色彩や光などの視覚的,鳴き声などの聴覚的,匂いなどの嗅覚的信号が用いられる。同種個体は一般にその信号に対して本能的に反応することが多い。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)
もともとは〈ある所(の生物や無生物)から別の所(の生物や無生物)へエネルギー、物体、生物、情報などが移動し、その移動を通じて移動の両端に、ある種の共通性、等質性が生じること〉をいう。ただし普通には〈人(送り手)から人(受け手)への情報の移動〉、もしくはその移動の結果生じた〈心のふれ合い〉〈共通理解〉〈共同関係〉などを指すことが多い。【用語と範囲】communicationの語根はラテン語のcommunisで、〈共有の〉とか〈共通の〉〈一般の〉〈公共の〉というような意味をもつが、〈コミュニケーション〉にぴったり相当する日本語はなく、使われている文脈に応じて用語が選ばれる。
(世界大百科事典 第2版)
コミュニケーションと名のつく学会
(カッコ内は設立もしくは旧名称で設立された年)
- 国際ビジネスコミュニケーション学会(1934)
- 日本マス・コミュニケーション学会(1951)
- 日本コミュニケーション学会(1971)
- 日本英語コミュニケーション学会(1991)
- 異文化コミュニケーション学会(1997)
- 日本コミュニケーション障害学会(2002)
- 情報コミュニケーション学会(2003)
- 待遇コミュニケーション学会(2004)
- 日本ファーマシューティカルコミュニケーション学会(2007)
- 日本ヘルスコミュニケーション学会(2010)
- 公共コミュニケーション学会(2014)
最も設立が古い「国際ビジネスコミュニケーション学会」は、当初「日本商業英語研究会」として動き始めたことから、勝手な推察だがコミュニケーションはビジネス用語として使い始めたのではないだろうか。そして医療系の学会が2つあることで、やはり命に関わるコミュニケーションの現場の重要性を感じる。メディアに関するのは「日本マス・コミュンケーション学会」で、元は「日本新聞学会」という名称でメディアの成り立ちそのものである。そして最も新しいのが「公共コミュニケーション学会」で、「行政・議会・大学・NPO・医療福祉・ソーシャルビジネスにおける広報やステークホルダーとのコミュニケーションに、実務や研究で関わる皆さまの交流と研鑽の場」(ウェブサイトより)とある。まさに持続可能な社会づくりの根幹を担う領域で、これら学会の設立は人間社会のコミュニケーションの潮流を感じる。
その、人間社会のコミュニケーションの中で重要な「間接・直接」の二分類についても触れておきたい。広告業に携わる筆者にとって「間接コミュニケーション」は生業の大きな要素。簡単に言ってしまうと媒介を通した情報伝達だと思うのだが、その中でも最も影響力のあるのが不特定多数の人々に大量の情報伝達を行うマス・コミュニケーションで、主に新聞・雑誌・テレビ・ラジオ・屋外・インターネットのようなメディアによるもの。メディアと言っても、それがイベントのような「場」もメディア機能を果たすとも言える。そしてソーシャル・メディアの台頭によって、例えば匿名によるパーソナルな双方向のコミュニケーションも日常化され、わたしたちはますます「間接コミュニケーション」に大きく影響される社会に生きている。
原稿依頼をいただき、改めて「コミュニケーション」とは何なのかを自問自答しこのような整理から始めてみた。
自然と社会をつなぐ領域でのコミュニケーション
ここまでを踏まえて、「コミュニケーション」という概念は、生態学と社会学のコミュニケーションに大きく二分される。この機関誌に触れる皆さんは、生態学と社会学にまたがって地球市民発想を伝える「自然と社会をつなぐ」領域で、生業を営んでいる。この領域で現在主流になっている用語が、「環境コミュニケーション」である。
参考:2のように、マネジメント業務的用語からエンターテイメント性の高いコンテンツ事業、さらに自然体験プログラム的なものも含めて「環境コミュニケーション」と表現されるようになり、「間接・直接」ともに駆使する領域となっている。「環境コミュニケーション」領域の中で、特徴的な用語の一例として「CEPA」を挙げてみる。(参考:3)
参考:2 環境コミュニケーションの事始め
参考:3
生物多様性条約の第13 条「公衆のための教育および啓発」のキーワードとして浮かび上がった、Communication, Education and Public Awareness の頭文字を取ったもので、ESD(Education for SustainableDevelopment)とも同義語と言われ、いま国連で議論されている「Post2015 開発アジェンダ」でも重視されるべき、理解共有のための手法ではないかと考える。そして何より、情報をカタチにし多くの人が理解するまで伝えるために、Connecting(つなぐ)というキーワードが重要になってくることも記しておく。
CEPAの目指すもの
CEPAの目指すものは、「生物多様性」という、生態系と社会のつながりや絶妙なバランスを示す概念を理解し、地球の資源を持続的に使い続ける生き方を実行することである。これは「環境コミュニケーション」そのものの成果でもある。しかし、この大きな成果は、ひとりひとりの生活の日々の積み重ねに支えられるものであり、そのためには、立脚点を生活者発想におき、地球規模の問題を〝自分ごと化〟する必要があり、「もっと身近に、生物多様性」を感じるコミュニケーション手法が重要となる。
生物多様性条約で決議された、世界共有の戦略目標である「愛知ターゲット」達成のため、環境省は決議に基づき「生物多様性の主流化」に向けた「国連生物多様性の10年日本委員会(以下:UNDB-J)」を組織した。そこで筆者は、政府からの上から目線ではなく、〝自分ごと化〟を促す環境コミュニケーションの重要性を提言し、生物多様性国家戦略の【市民の役割】に、これまでNGOで活用していた「5つのアクション」の記載を実現(参考:4)。この記載により、一つのNGO組織が展開するよりいっそう拡散することを期待して、仕組みはトップダウンだが生活者発想で広めていくことを目指した。
一人ひとりが生物多様性との関わりを自分の生活の中でとらえることが求められる。例えば、旬のものを「味わう」、自然や生きものに「ふれる」、自然の素晴らしさを「伝える」、保全活動に「参加する」、環境配慮商品を「買う」といった、生物多様性を守るための「MY行動宣言5つのアクション」(国連生物多様性の10年日本委員会)を日常の暮らしの中で実行に移していくことが重要。
生物多様性国家戦略2012〜2020より
「MY行動宣言」はこちらからお問い合わせください。
UNDB-Jの活動について(国連生物多様性の10年日本委員会)
そして、生物多様性基本法の前文に記載されている通り、「生物多様性は地域独自の文化の多様性も支えている」ため、5つのアクションを様々な地域の事例によって理解を深めることを目指し、郷土愛に支えられた取組みに光を当てる仕組み「生物多様性アクション大賞」をCEPAジャパンで企画運営。5つのアクションを部門賞とし、その中から大賞を選定している。2020年の目標年に向けて、さらに推進する必要があると考えている。
伝える側が留意すべき事としてご紹介すると、CEPAツールキットでは、「一方的な講義形式による理解は5%、文字情報だと10%、映像では20%、実演で30%、グループディスカッションで50%、体験学習で75%、自ら教えることで90%の理解を得られる。」と言われている。
最後に、個人的な想いとこれからのモチベーションのためにも記して締めたい。COP10では、
CEPA is everything for human life.
というメッセージを掲げて活動した。いま改めて記すと、「環境コミュニケーションは地球で健全に生きる学びそのもの」だと実感している。
地球のこどもとは
『地球のこども』は日本環境教育フォーラム(JEEF)が会員の方向けに年6回発行している機関誌です。
私たち人間を含むあらゆる生命が「地球のこども」であるという想いから名づけました。本誌では、JEEFの活動報告を中心に、広く環境の分野で活躍される方のエッセイやインタビュー、自然学校、教育現場からのレポートや、海外の環境教育事情など、環境教育に関する幅広い情報を紹介しています。