文:中西 紹一(立教大学異文化コミュニケーション研究科准教授)
なぜ「21世紀型スキル」という概念が登場したのか?
ここ数年、「21世紀型スキル」と呼ばれる考え方が、教育分野で大きな注目を集めています。これまでの「読み、書き、そろばん」といった伝統的な一般的能力に加え、21世紀を生きる子どもたち必要な能力、つまり極めて高度な情報社会の中でいかに情報源にアクセスし、それをどのように解釈し適切に使用するか、このような能力の習得に高い関心が集まっているようです。この能力は現在21世紀型スキルと位置づけられ、教育を通じてこの能力をいかに身につけるか、そのためにはどのような学習環境が必要か、盛んに議論が交わされるようになりました。2014年4月には、「21世紀型スキル 学びと評価の新しいかたち」(P.グリフィン、B.マクゴー、E.ケア編、三宅なほみ監訳、益川弘如・望月俊男編訳、北大路書房)が発刊され、この考え方をより身近に捉える環境が整いつつあります。
そもそも、なぜ21世紀型スキルの必要性が叫ばれるようになったのでしょうか。その背景には、今後想定される雇用環境や働き方そのものが、大きな影響を与えています。
「21世紀型スキル 学びと評価の新しいかたち」の巻頭、「日本語版出版によせて」の中で、P.グリフィン氏は次のような表現で21世紀型スキルの重要性を語っています。
「…21世紀においては、30〜40年にわたって同じ職場で働くことができる、いわゆる正規労働の考え方が消滅していこうとしているのは間違いありません。21世紀は、子どもたちは学校や大学を卒業してから、その職業人生の中で10〜15の様々な仕事を経験することが予想されます。そうした形で職業にうまく入っていくには、広く深い理解に加え、学ぶ能力と学び直す能力をもたなければならなくなるでしょう。彼らは、ある1つの領域のマスターではなく、職業生活の中で様々な領域を横断的に学び、それを使えるようになる能力をもたなくてはならなくなるでしょう。…」
東京大学大学院情報学環准教授の山内祐平氏は、「教育とICT Online(日経パソコン)」におけるネット連載記事「10年後の教室」(※1)の中で、このような状況を「今は存在しない職業への準備」と表現し、コミュニケーションやチームワークといった「転移可能な一般的能力」を重視する、21世紀型スキルの重要性を語っています。興味のある方は、このサイトに是非アクセスすることをお勧めします。
※1ウェブサイト
教育とICT Online(日経パソコン)10年後の教室 山内祐平
「米デューク大学の研究者であるキャシー・デビッドソン氏が2011年8月、ニューヨークタイムズ紙のインタビューで語った予測が波紋を呼んでいる。「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」というのである。 …」
21世紀型スキルとは何か?
世紀型スキルとは、具体的に何を指しているのでしょうか? 前述した書籍「21世紀型スキル 学びと評価の新しいかたち」を参考に、簡単に解説します。
2009年1月、ロンドンで開催された「学習とテクノロジーの世界フォーラム」において、「21世紀型スキルの学びと評価プロジェクト(Assessment and Teaching of Twenty-First Century Skill Project/以下ATC21S と表記)」が立ち上がります。ATC21Sでは、「デジタルネットワークを使った学習」と「協調的問題解決」という2領域をターゲットに教育の未来を議論し、そのアウトプットとして、10の21世紀型スキル(※2)を提案しています。
どの項目も、子どもたちの未来に不可欠なスキルであることは、皆さん、直感的に理解できると思います。また、環境教育が育む能力とかなり重なる部分がある、と考える方もいるかもしれません。
※2 10の21世紀型スキル
- 思考の方法
- 1.創造性とイノベーション
- 2.批判的思考、問題解決、意思決定
- 3.学び方の学習、メタ認知
- 働く方法
- 4.コミュニケーション
- 5.コラボレーション(チームワーク)
- 働くためのツール
- 6.情報リテラシー
- 7. ICTリテラシー
- 世界の中で生きる
- 8.地域とグローバルのよい市民であること(シチズンシップ)
- 9.人生とキャリア発達
- 10.個人の責任と社会的責任(異文化理解と異文化適応能力を含む)
このようなスキルを学校教育の中に組み入れる場合、当然、学習指導要領との関係が問われます。また評価の方法も標準化しなければなりません。そのため、21世紀型スキルを標榜する教育プログラムやその評価方法が、学校教育に即座に導入されることは当分ないでしょう。しかし2015年には、世界の15歳を対象とした、PISAと呼ばれる国際的な学習到達度に関する調査に、協調的問題解決という分野が対象となることが決定しており(※3参照)、この意味でも21世紀型スキルは、教育領域に大きな影響を与えることは間違いないと思われます。
21世紀型スキルの育成と自然学校の親和性
21世紀型スキルの育成を、子どもたちに対してどのように実施していくのか。これは簡単に解決できる問題ではありません。当然、学校と学校外の組織や団体との連携協働が重要になることは、容易に想像できると思われます。これを示唆するコメントもあります。山内祐平氏は、前述したネット連載記事「10年後の教室」の中で、この点について次のように言及しています。
「創造性【思考の方法〜特に1.創造性とイノベーション】」や「世界で暮らす技能【世界の中で生きる〜特に8.地域とグローバルのよい市民であること/10.個人の責任と社会的責任】」を確実に身に付けられるようにすること。具体的には、創造的活動や社会との接続を実践する必要がある。前述のように、現在の日本の学校では、思考力や応用力に近い21世紀型スキルを取り扱うことはできても、そこに入らないものは時間を確保することが難しい。長期的には、これらを学校教育で取り扱うための制度的議論が必要であるが、当面は教育系のNPOなどがこの領域のプログラムを提供し、放課後や休日に学習者がアクセスできるようにすることが望ましい。」(【】は筆者が加筆)
今後自然学校という存在は、地域の持続可能性を生み出すための、まさに「イノベーション」の拠点としての役割を担うことが期待されています。これは既に「ソーシャル・イノベーションとしての自然学校」の著者である西村仁志氏を含め、多くの自然学校関係者が語っていることです。
今、多くの自然学校の拠点となっている日本の中山間地域は、地域の持続可能性を確かなものにする真にイノベーションな「何か」を必要としています。そのため自然学校もまた、自然・社会・経済といった広範な領域にコミットすることを求められているのです。つまり、このような地域は、自然学校を通じて、21世紀の創造性やイノベーションを学ぶ場になり得るのではないでしょうか。
例えば、日本の中山間地域と自然学校が連携して中学生向け体験学習プログラムをつくり、これを受講した中学生が地域のエコツアーをつくる。プログラムは日本語と英語でインターネット発信し、その内容を海外の中学生から評価してもらう。このようなプログラムを、自然学校を軸に行うことは、さほど困難なことではないはずです。
特に創造性とイノベーションを学ぶためには、それに対するニーズの高い社会的な環境とセットでプログラム化しなければ、十分な成果は得られないと思われます。日本の中山間地域と自然学校が連携協働した一種の「イノベーション学習」は、21世紀に求められる学びの形態の一つであると考えられます。
21世紀型スキルは「協調的問題解決」に関するこれからのスタイルです。そこに、ICTという新たなメディアを用いて、学んだ内容や成果、評価を「見える化」していこうという動きだということもできます。自然学校側も、このような議論を常に意識し、自らの新たな役割に果敢にチャレンジすることが、将来的に求められるのではないでしょうか。
地球のこどもとは
『地球のこども』は日本環境教育フォーラム(JEEF)が会員の方向けに年6回発行している機関誌です。
私たち人間を含むあらゆる生命が「地球のこども」であるという想いから名づけました。本誌では、JEEFの活動報告を中心に、広く環境の分野で活躍される方のエッセイやインタビュー、自然学校、教育現場からのレポートや、海外の環境教育事情など、環境教育に関する幅広い情報を紹介しています。