文:小川 達也(科学技術インタープリター)
こんなお仕事してます!
関東圏のある政令指定都市の博物館(科学館)に勤めています。館で行う学習プログラムの開発や特別展や企画展の企画・運営、また科学技術分野の研究を行っている大学や企業との連携活動や、他の社会教育施設との連携といった業務を担当しています。特に、科学技術が変えていく未来や社会的な課題について対話する場を作り出す取り組みを行っています。
キッカケは黒板に残された〝協働〟の文字
大学の一般教養科目のある授業の最終回。いつも綺麗に板書を消してから退出される教授が、一部を消さずに教室を後にします。その黒板に残っていたのは、〝協働〟という言葉でした。
科学技術と私たち
いわゆる文系だった私は、哲学や国際関係などの分野を学ぼうと大学に入学しました。そうした専門的な分野以外に、大学では〝一般教養科目〟といって、広範な学問領域(人文科学から社会科学、自然科学まで)を一通り学ぶ必要があります。私は入学した大学で、この一般教養科目で開講されていた〝科学技術と社会〟という授業を受講しました。
そして、この授業が、私の人生を決めることになります。
授業は、科学技術の発展が社会の様々なところまで広がっていった歴史と現在の姿までを網羅的に扱ったものでした。科学技術と聞くと、理系の分野の人がやることで、理系の仕事や学びをしている人にしか関係ないのではないかと、それまでの私は考えていました。しかし、社会のありとあらゆるところまで科学技術が広がっているので、科学技術は私たちとは切っては切り離せないものであり、それがある日、私たちと直に関係してくる時がくることを、この授業で学びます。
例えば、私たちの生命に関わる分野では、生きることの定義すら変わる時がきます。脳死判定やそれに伴う移植は延命の可能性を広げる一方で、生きることの意味の再考を投げかけてくるでしょう。また、近年特に注目をされているiPS細胞は、寿命の概念や家族、配偶者や医療の方法に至るまで、これまでの常識や法制度、生き方を変えてしまう可能性を持っています。これは単に理系や自然科学分野に関連する専門的な人が考えればよいという範疇を簡単に超えるものと言えます。社会制度や社会システムだけではなく、私たちの生き方までにも影響する事柄なのです。もちろん生命分野に限らず、科学技術の発展が社会に及ぼす影響は数多く存在しています。
さて、この授業の最終回を教授はこのように締めくくりました。
〝科学の成立や技術の発達とともに、私たち人間は科学技術の恩恵や負の側面を受けるようになってきた。それはこれからも続いていくだろう。社会のありとあらゆるところに科学技術が関連している以上、社会の誰もが科学技術に無関係でいるということは、この現代社会では困難である。科学技術と社会の関係について、皆さんがどのような職業に就かれても、考え続けていかなければならないのである。そして科学と社会の間に課題が出てきたとき、あらゆる分野がその分野に縛られずに垣根を超えて〝協働〟をしていくことが重要になってくるだろう。〟
そして、板書に残した〝協働〟という言葉が私の今につながります。複雑に絡み合った現代社会を痛感した授業であったと同時に、社会と科学技術の関係にスポットを当てた考え方がとても魅力的であると感じたのです。
この授業の後、専門分野以外の社会科学や自然科学を広く学びました。分野が違うと言われそうな環境NGO(JEEF)でのインターン活動をしていたのもこの時期です。ある分野に固執する事無く、様々な分野を学び、多角的に物事を捉える事を目標に大学生活を過ごしていました。そして、社会的側面から科学技術について考え、変わりゆく科学技術と社会の姿を様々な人と共に考え、一人でも多くの人が幸せに、また、科学技術のもつリスクによる不利益を減らせるような仕事を専門にしようと思い、今の仕事に就きました。
役立った活動
文中にある〝環境NGOでのインターン活動〟では、JEEFにお世話になりました。主に担当していた環境教育の一環としての科学・数学のプログラム(※GEMS)の実施では、プログラムの構成から伝え方を何度も熟考して実施する機会に恵まれただけではなく、一方向的に知識を伝達するのではない〝構成主義的な教育アプローチ〟を実践する機会となりました。一見違う分野の活動であってもその準備や実践段階での取り組みは、現在のコミュニケーション活動につながっています。
大人が知識を教えるのではなく、子どもたち自身が実験を企画し、話し合いながら結論を導き出すようにアクティビティが構成されています。
博物館(科学館)で働くには?
一般的に、博物館や科学館などで働くためには、学芸員資格や教育免許が必要なケースが多く存在します。博物館の活動である資料の収集・保存、研究、展示(教育普及活動)に必要と見なされる資格を持っている事が求められるのです。これらの資格や免許は大学にその課程が設置されていれば取得が可能です。
しかし、現代では様々な博物館の形態があるため、必須という訳ではありません。科学系の博物館では、近年注目されている科学技術分野の教育普及や、コミュニケーションの推進を担当する〝サイエンスコミュニケーター〟といわれるような形で働くケースも増えています。この場合、理系分野で大学を卒業していることなどでこの職業に就くケースがあります。
私の場合、学芸員資格や教員免許は今のところ持っていません。しかし、大学院で受講した、科学や技術の専門的な内容を分かりやすく伝え、専門家でない人々と同じ土俵で対話をすることを目的にする活動の経験が、現在の職業につなっています。
- 地域に根ざした農業を1からはじめる
〜ヨシオカ農園 吉岡 龍一さんの場合〜 - 住民による自然資源の適切な利用を通した、生計向上と環境保全型農村を目指して
- 科学を伝え、市民と共に考える
〜科学館勤務 科学技術インタープリター 小川 達也さんの場合〜 - 美しい砂浜が美術館
〜NPO砂浜美術館理事長 村上 健太郎さんの場合〜 - いのちの営みを「ひとつのおさら」にのせて
〜カラーズジャパン株式会社 西村 和代さんの場合〜 - よい師匠に出会おう!
〜青木将幸ファシリテーター事務所 青木 将幸さんの場合〜 - アジアの開発途上地域で国際環境教育活動を目指す人のために 1
- 都内でわくわく自然体験!
- インドネシアを全身で感じて
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地球のこどもとは
『地球のこども』は日本環境教育フォーラム(JEEF)が会員の方向けに年6回発行している機関誌です。
私たち人間を含むあらゆる生命が「地球のこども」であるという想いから名づけました。本誌では、JEEFの活動報告を中心に、広く環境の分野で活躍される方のエッセイやインタビュー、自然学校、教育現場からのレポートや、海外の環境教育事情など、環境教育に関する幅広い情報を紹介しています。