文:田村 学(文部科学省初等中等教育局 視学官)
求められる授業の質的転換
学習指導要領の改訂に向けて大臣から諮問文が発表されました。そこでは、「変化の激しい21世紀の社会では、一人一人の可能性をより一層伸ばし、新しい時代を生きる上で必要な資質・能力を確実に育んでいくことを目指し、未来に向けて学習指導要領等の改善を図る必要がある」としています。つまり、次期学習指導要領の改訂は、資質・能力の確実な育成にあるとし、そのためにアクティブ・ラーニングを目指すとしているのです。
今回の学習指導要領の改訂は、学習内容の付加や削除といった見直しのみならず、むしろ、子どもが自ら学び、共に学ぶアクティブ・ラーニングへと質的な転換を図ることとしています。
アクティブ・ラーニングは新しい概念なのか
新しい言葉が登場すると、私たちは何か身構えてしまいます。そして、これまでに大切にしてきたことを忘れてしまうことがあります。「次の改訂はアクティブ・ラーニングらしい。それじゃ、今までの授業を全て変えなくては」と。
今回の諮問で示されたアクティブ・ラーニングは全く新しい概念なのでしょうか。
この言葉は、高等教育改革の流れから大きくクローズアップされるようになってきた言葉です。大学での授業があまりにも一方的で画一的な指導者中心の授業になってはいないか。そのことが、結果として学び手に期待する学力を、育成していないのではないか。そうした問いから高等教育においてアクティブ・ラーニングを取り入れるような動きが広まってきました。
その動きは、むしろ初等教育における授業改善、特に小学校における授業研究、授業力向上の取組に学ぶべきものと考えてよいでしょう。つまり、これまでの我が国における長き教育史に残る優れた教育の実践、現在も行われている様々な豊かな教育実践こそがアクティブ・ラーニングと考えるべきです。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法であると考えることができます。全く新しい方法や手法を取り入れていこうとするのではありません。むしろ、素晴らしい実践に学び、そのよさを確実に広げ、より一層の質的向上や面的拡大を目指すことなのです。
アクティブ・ラーニングの始まりと広がり
今、話題の大学入試改革に関わる中央教育審議会答申(平成26年12月22日)「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について~ すべての若者が夢や目標を芽吹かせ、未来に花開かせるために ~(答申)」には、アクティブ・ラーニングを「学生が主体性を持って多様な人々と協力して問題を発見し解を見いだしていく能動的学修」とし、大学教育を、従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から、このようなアクティブ・ラーニングに転換するとしています。
そもそもこのアクティブ・ラーニングという言葉は、中央教育審議会答申(平成24年8月28日)「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~(答申)」において、「教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要である」として示されました。
こうした大学教育改革の動きが高等学校の授業改善にも飛び火して、現在、高等学校の授業をアクティブ・ラーニングに転換していこうとする改革が始まろうとしています。
プロセスの充実による能力の育成
アクティブ・ラーニングとは、いわゆる課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習ですが、それは、文部科学省が掲げる「確かな学力」の育成の方向性と重なります。「確かな学力」とは、学校教育法にも示されている以下の三つの要素のことです。
一つ目は、「知識・技能の習得」。二つ目は、知識・技能を社会や暮らしの中で活用していくために必要な「思考力・判断力・表現力等の能力」。三つ目は、主体的に学習に取り組む態度、いわゆる「学習意欲」。これらはどれも大事ですが、今、特に課題とされているのは、二つ目の要素、思考力・判断力・表現力等の「能力」の育成でしょう。〝等〟とつけているように、思考力・判断力・表現力だけでなく、知識や技能を活用していくための幅広い能力であり、こうした能力の育成を重視しようとする考えは、世界的な潮流でもあります。
これまでの授業は、「知識・技能の習得」に重きを置いていました。その場合、乱暴な言い方をすると、授業のエンドゾーンさえ押さえれば何とかなったのかもしれません。学習内容を教師がチョーク&トークの講義で示し、最後に「これを覚えておけ」と教え込むようなスタイルです。しかし、授業で「能力」の育成まで行うとなれば、知識のように詰め込むことはできません。授業の中に、思考・判断・表現するなど「子ども一人ひとりが能力を発揮する場面」が用意されていないといけないわけです。つまり、学習活動のプロセスが充実してこそ、個々の能力は育成されるのです。
今までの授業は「子どもが何を学ぶか」を重視していましたが、これからは「子どもがどのように学ぶか」も、学習内容と同等もしくはそれ以上に大事にすべきなのです。
そのプロセスを充実させるうえで、鍵を握るとみられるのが、授業の中にインタラクション(相互作用)とリフレクション(振り返り)を入れることです。他者と相互にかかわり合う中で、自分の考えをまとめて表現することや、新たな知を生むことを経験します。その行為を自ら振り返ることで、思考や表現の仕方を見直し、それらの能力を高めていくことができると考えます。こうした学習は、子どもが自ら学ぶアクティブ・ラーニングと言えるでしょう。
暗記・再生型から思考・発信型への転換
さぁ、あなたの授業はどのような授業になっているでしょう。教師が一方的にしゃべりまくり、子どもの意見や考えを無視した情報で、黒板がびっしりと埋まるような「チョーク・アンド・トーク」の授業になってはいないでしょうか。知識の伝達のみを行う暗記・再生型の授業ばかりになってはいないでしょうか。
新しい時代が求める思考・発信型の授業の実現に向けて、授業を教師中心から学習者中心へと変えていきましょう。きっと、今までに見ることのできなかった、主体的に取り組む子ども、多様な他者と積極的に対話する子どもの姿を目の当たりにすることができるはずです。
地球のこどもとは
『地球のこども』は日本環境教育フォーラム(JEEF)が会員の方向けに年6回発行している機関誌です。
私たち人間を含むあらゆる生命が「地球のこども」であるという想いから名づけました。本誌では、JEEFの活動報告を中心に、広く環境の分野で活躍される方のエッセイやインタビュー、自然学校、教育現場からのレポートや、海外の環境教育事情など、環境教育に関する幅広い情報を紹介しています。