文:新井和雄
今回は、ネパールの人間開発について述べたいと思います。
ネパールは、一人あたりGDPの世界順位は172位、絶対的貧困率は25%と、アジアで最も貧しい後発開発途上国(LDC)です。国連の持続可能な開発と政策推進委員会は、LDCの貧困問題について次のように述べています。
「初等教育の機会と女性の教育レベルの向上が社会の変化を加速させる。人々が健康に生き、公平な機会を得る事が貧困を減らすのであり、そのために人間開発が重要である」。
そして、緒方貞子やアマルティア・センは、1994年のUNDP年次報告にて「人間の安全保障」の概念を提唱し、途上国の開発は経済開発に先行して人間開発が不可欠であることを訴え、途上国開発の共通認識となりました。
「開発の基本的な目標は人々の選択肢を拡大することである。これらの選択肢は原則として、無限に存在し、また移ろいゆくものである。人は時に、所得や成長率のように即時的・同時的に表れることのない成果、つまり、知識へのアクセスの拡大、栄養状態や医療サービスの向上、生計の安定、犯罪や身体的な暴力からの安全の確保、十分な余暇、政治的・文化的自由や地域社会の活動への参加意識などに価値を見出す。開発の目的とは、人々が、長寿で、健康かつ創造的な人生を享受するための環境を創造することなのである。」 マブーブル・ハック 国連開発計画(UNDP)
根深く残るカースト制度
ネパールは、123の言語と125の民族・カーストが存在し、多様な文化が共存する多民族国家です。人間開発の達成度は人間開発指数HDI(HDIは教育・保健・収入といった主要3指数の幾何平均)で示されますが、ネパールのHDIは地域や職業、社会グループの間、あるいはジェンダーで格差が存在します。カースト制度は1963年に廃止されましたが、民主化された現在でも、民族・カーストの伝統的慣習は人々の生活に根深く内在しているのです。下級カーストの人々や女性には社会経済的な差別があり、多くの国民に社会参加の機会が公平に与えられていません。ゆえに、国際機関や2国間ODAによる長い援助の歴史があるにも関わらず、HDIは南アジア8カ国の中で最下位です。特に教育開発が遅れており、ミレニアム開発目標(MDGs)の普遍的な初等教育は達成されませんでした。
ワークショップ使った現地調査
そこで、我々ロータリークラブでは人間開発が進まない原因である教育に焦点をあて、初等教育達成を阻害する要因の調査をしました。調査は、2011年の国勢調査データの分析から始め、ロータリークラブが支援する現地の学校を中心にアンケート調査を行いました。また、大臣などの政策決定者や教育省の政策立案者をはじめ、学校運営者、教員など教育関係者へのインタビュー調査を行いました。現地調査で印象的だったのは、子ども達とのワークショップです。JEEFの佐藤秀樹さんにご教示頂いたPCM手法の関係者分析と問題分析を子ども達と行ってみると、思いもかけない発見が得られたのです。学校に行けなくなる事を中心問題に据えると、当事者である子ども達からは、切実な要因が多数挙げられました。
子ども達とのワークショップは初めての試みでしたが、長期に関わり信頼関係を築いてきた顔見知りの間柄ならでは得られた結果が沢山ありました。
就学を阻害する要因
調査地においての就学阻害要因は、学校設備・学用品の不足・教員の質・親の意向・労働・結婚などがあります。設備などのハード面は民主化以降目に見えた改善がなされています。
深刻なのは民族・カーストなどに関わるソフト面です。女子は水汲みをはじめとする家事労働のため入学年度から毎年徐々に就学率が下がります。男子は、労働力としての体力がつく高学年から就学率が下がります。そして親の意向には、女子の児童婚もあるのです。初等教育を修了する前に親が決めた相手と結婚させられるのです。恋愛の経験もなく、結婚の意味も分からず、結婚した事さえ気づかない子ども達がいるのです。
いずれも、人々の心に内在する民族・カーストの伝統的慣習により、将来の選択肢を狭められた環境がもたらす、貧困の連鎖に原因があります。阻害要因が明らかになるにつれ、民族の伝統では済まされない、未熟な民主主義国家の政治的責任を強く感じたものです。
今後の活動
ネパールへ手を差し伸べる各種団体が増えております。我々ロータリークラブもこれまで通り教育環境支援を続けてまいりますが、これからは、比較的支援しやすいハードから、教材や教員の質の向上を目指すソフトの支援も手がけて行きたいと思っています。そしてネパールの子どもたち、地球の子ども達の笑顔の輪が少しでも広がるように、これからも支援を続けて行きたいと思っています。
地球のこどもとは
『地球のこども』は日本環境教育フォーラム(JEEF)が会員の方向けに年6回発行している機関誌です。
私たち人間を含むあらゆる生命が「地球のこども」であるという想いから名づけました。本誌では、JEEFの活動報告を中心に、広く環境の分野で活躍される方のエッセイやインタビュー、自然学校、教育現場からのレポートや、海外の環境教育事情など、環境教育に関する幅広い情報を紹介しています。