機関誌「地球のこども」 Child of the earth

環境教育こそ数値で評価できない部分に光を 2016.12.17

文:中村 和彦(東京大学空間情報科学研究センター)

なぜ評価が求められるのか?

本来、教育評価とは、教育実践をより良くするために必要な情報を得るという、きわめて純粋な行為です。こう考えれば、教育評価に決まった形式など必要なく、ただただその実践と向き合い、対象者の反応をつぶさに観察すること自体が、立派な教育評価といえるはずです。

しかし、環境教育の必要性がかつてないほど叫ばれる昨今、その評価もまた、より説得力の強いものが求められるようになってきました。環境教育の推進に関わる人が増えれば増えるほど、より多くの人が納得しやすい形で環境教育の効果を示す必要性が高まるという構図です。

説得力の強い教育評価の手法というと、一般的にはやはり、数量的なものになります。このような状況では、数量化できない形式での教育評価は、ややもするとその価値を見出しにくくなってしまいますが、決してそんなことはないと、私は考えています。

数量化の長所は客観的な比較評価

数量的な教育評価について、環境教育の場合に一般的な方法は、選択式の質問紙法(アンケート)により点数化を行うものです。この方法の大きな特徴は、同じ質問紙を用いることで、客観的な比較が行えることです。例えば、同じ環境教育プログラムを属性(年齢・居住地・予備知識など)が異なる集団を対象に実施した場合、その効果を比較し、どのような属性に対して特に効果的なプログラムかを評価できます。また、同じ集団に対して、同じ教育目標のもとで異なるプログラムを実施し、それらの間で効果を比較する、といった評価も考えられます。

この場合、当然ながら、様々な集団や場面で統一的に使用できる質問紙を用意する必要があります。しかし、このような統一的な質問紙の存在をご存じでしょうか。多くの方の答えはNoだと思います。それが、環境教育の評価の現状だと思います。ちょうど、2016年8月に行われた、日本環境教育学会の大会にて、環境教育の比較評価に関する発表およびセッションが組まれましたが、そこでも同様の指摘がなされました。つまり、少し前向きに言い換えるならば、こうした統一的な環境教育評価のための手法について、ようやく学会としても、検討が始まったと言えそうです。

ここまで、数量的な評価方法の長所を述べてきましたが、違和感のようなものを覚えた方もいらっしゃるかもしれません。それはごもっともで、当然ながら、数量的な評価方法には、長所と表裏一体となる短所もあります。それは、特に統一的に使用できる質問紙を用いる場合に、顕著となります。

数量的方法で全てを評価はできない

ここで改めて考えたいのは、環境教育の目標とは何か、という問いです。評価は目標と一体となるものですから、この問いを避けて通ることはできません。そして、改めて説明するまでもありませんが、この問いに一言で答えるのは困難です。学校教育ひとつ取っても、環境教育は教科横断的かつ各学校の特色に合わせ展開すべきとされることから、環境教育が非常に幅広い分野を横断的にカバーするものであることは明白です。このような特徴を有する環境教育について、全ての教育目標を網羅する形で統一的に使用できる質問紙というものが、果たして現実的に存在し得るでしょうか。少なくとも当面は、仮に、環境教育の評価手法として統一的に使用できる質問紙が作成されたとしても、その質問紙による評価に対応する教育目標は、非常に限られたものにならざるを得ないと考えられます。

そもそも、どんなに明確な教育目標がある実践でも、その対象者が想定している教育目標に関すること「だけ」を学ぶということは、まず有り得ないことです。つまり、同じ実践でも、人それぞれ受け取る内容は様々で、その中には目標として明確に想定していないものも含まれるということです。このことは、様々な分野を横断する要素の強い環境教育においては、なおさら顕著になると考えられます。

こうした多種多様な学びを評価するには、結局のところ、その対象者一人ひとりの反応を、つぶさに観察するより他にありません。これはすなわち、数量的な評価方法の短所を補うものとなります。数量化できない質的な観察による評価方法は、数量的な評価方法と比較して劣っているということではなく、相互に短所を補完しあう関係にあると考えるべきでしょう。

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まずは純粋な対象者の反応観察を

最後に、数量化できない質的な評価の具体的な手法を紹介します。なお、共通する前提として、実施前にしっかりと目標を定めることが意味のある評価に繋がることを、改めて念頭に置いていただければと思います。

まず、環境教育実践の対象者を観察する代表的な手法は、録画です。これは既に取り組まれている方も多いかと思いますが、もちろん録画しただけでは評価にはなりません。その動画に映っている事象を、様々な視点から「記述」することが必要です。対象者Aの視点、対象者Bの視点、実践者の視点、と様々な視点から、その場で起こったことや、動作および発言といった一挙手一投足、そして人々の関わりなど、事細かに文章として起こしていくのです。非常に地道な作業ですが、こうした「厚い記述」によって動画記録は、教育評価を行うためのデータとなるのです。

これに関連して、対象者の行動をより詳細に記録する方法の一つとして、急速に普及が進んでいるウェアラブルカメラの活用も考えられます。頭部に装着することで、視線の向きでどの方向を向き、どんな言葉を発していたのかが、克明に録画されるのです。これは、実践の対象者への装着が有効なのはもちろん、実施者が自ら装着することで自身の実践を省みる用途にも活用できるでしょう。

また、これも既に多くの方が取り組まれていると思いますが、実践の対象者に感想文などの自由記述文章を書いてもらうことも、質的な評価の主たる手法となり得ます。もちろん、感想文一つひとつをつぶさに読み込み、対象者の反応を読み解いていくことが基本となるのですが、数が多くなると全体を俯瞰して傾向をつかむことが難しくなります。

ウェアラブルカメラ装着の様子(筑波大学内コミュニティガーデンにて撮影) 視線の向きで頭部に装着することで、どの方向を向き、どんな言葉を発していたのかが、克明に録画される

ウェアラブルカメラ装着の様子(筑波大学内コミュニティガーデンにて撮影)
視線の向きで頭部に装着することで、どの方向を向き、どんな言葉を発していたのかが、克明に録画される

そんなときに効果的なのが、テキストマイニングの活用です。特に、KH Coderというフリーソフトの開発が進んだことで、非常に取っ付きやすくなりました。これは、文章を自動的に単語に区切って分解(形態素解析)し、どの感想文にどの単語が何回出てくるか、という集計を行ってから、各種統計的な処理を行う分析方法です。

例えば、感想文が似通ったグループ分け(クラスター分析)などが可能となります。ただし、テキストマイニングはあくまでも傾向をつかむに留まるものであり、それを指針として元の感想文を丹念に読み込んでいくことが肝要になります。また、事後の感想文だけでなく、事前に実践内容や教育目標に関する文章を書いてもらうことができれば、感想文と比較して読み解いていくことで、より深い評価となっていくでしょう。

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環境教育実践者の方々には、こうしたツールの力も借りながら、数値では評価できない部分にもっともっと光を当てていただき、それを私たち研究者とも共有する形で積み上げていければ幸いです。

本稿の執筆にあたり、日本環境教育学会の正阿彌崇子会員・堀孝弘会員から関連情報をご提供いただきました。ここに記して謝意を表します。

nakamura

中村 和彦(なかむら かずひこ)

1984年生まれ、長野県千曲市出身、千葉県流山市在住。博士(環境学)、気象予報士。東京大学空間情報科学研究センター特任研究員、日本環境教育学会若手会員活性化ワーキンググループ代表、日本地図学会評議員。専門は主にフェノロジー(生物季節)に関する教材開発。

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