機関誌「地球のこども」 Child of the earth

学校でのエディブル・エデュケーション 2017.04.01

文:西村 和代(一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパン

学校の中に食卓を創る教育「エディブル・スクールヤード」

近年、エディブル・スクールヤードと呼ばれる学校食育菜園が世界中に広がっています。エディブル・スクールヤード(以下ESY)は、1995年アメリカの公立校、マーティン・ルーサー・キングJr.中学校で始まった、持続可能な生き方のための菜園学習プログラムです。
その発端は、地域に住むレストラン経営者のアリス・ウォータースが、食の崩壊と学校荒廃を同じ視点でとらえ、地元新聞で問題提起したことがきっかけとなっています。そしてキング中学校では、校内の駐車場だった場所に生徒、地域住民、先生たちが力をあわせて美しい菜園をつくって行きました。

「食べられる校庭」と名付けられたこのガーデンでは、自然を敬い、食を心から味わい、エコロジーを学ぶ授業が行われています。特徴的なのは、学校の教員に加えて、ガーデンティーチャーやキッチンティーチャーが存在していることです。学校の中に専門家が配置され、児童・生徒に「教える」だけではない、体験からの生きた学びを引き出し伝えます。

創始者のアリスはESYでの学びを「どれも一度体験したら、一生変わらない大切なことばかりだ」と言います。食べ物の由来や育て方、味覚、栄養、食と地域とのつながり、生きる力を学ぶとともに、大人の関わりなどの「あり方」を示す教育プログラムなのです。

「エディブル・エデュケーション」って何?

エディブル・エデュケーションは、「食べられる教育」としてESYの実践から体系化されてきました。既存の食育概念を超え、生きる力、学力、市民教育、環境に対する責任、自分自身のみならず他者の健康や社会の健康なども含まれた全人教育のモデルであると言えます。
持続可能な生き方、エコロジーを理解する知性、自然界と結びつく情感的な絆を前提に置き、〈必修教科+栄養教育+人間形成〉の3つをゴールに、各々の学習目的を融合させる教育を「エディブル・エデュケーション」と呼んでいます。そこには食べることそのものだけでなく、食を通じて学ぶことができるすべての教育的可能性が含まれています。

前述のキング中学校のガーデンには、みんなで集まる場所(ラマダ)を中心に、五感を使って子どもたちの興味を引き出すようにピザ釜やガーデンテーブル、養蜂箱、ニワトリ小屋などが配置されています。コンポストによる堆肥づくりからは循環を学び、土壌生物や蜂を観察することを通して多様性を学びます。さらには、育苗、接ぎ木、在来種の種採りなどを行い、有機農法での栽培とその意味を考えます。使いやすく整理された道具小屋には、よく手入れされた本格的な道具が揃い、そこにもESYの哲学が表現されています。

キッチンでも、自分たちで準備し片付けまでができる工夫があり、常に創造的な授業が行われています。生徒たちが野菜をつくり、収穫し、調理し、食卓を囲んで共に食べることを基本に、あらゆる学びが展開されているのです。

こうしてエディブル・エデュケーションは、革新的な教育モデルとして注目され発展し、全米の公立学校、私立学校で正規の授業として実践されています。

ガーデンを知る「ガーデンハイク」

ガーデンを知る「ガーデンハイク」

バークレーで使われているESYカリキュラムは絵で楽しく表現されています

バークレーで使われているESYカリキュラムは絵で楽しく表現されています

「食」を学びの中心に

日本で食をテーマにした教育と言えば、「食育」が思い浮かぶ方が多いと思います。食育は、学校や地域で、様々な団体によって食の大切さを多世代にわたり伝えていくため、熱心に取り組まれています。学校教育の中では、子どもたちが食に関する正しい知識と望ましい食習慣を身に付けることができるように指導が行われ、生きた教材として学校給食の充実が図られています。日本ではこのように、10年にわたって、食育が政策的に推進されてきていますが、学校の教育課程では教科間の分断があり、それぞれの学びが実感を持って暮らしに結びつきにくい構造になっています。

例えばキング中学校では、世界史でシルクロードを取り上げるときに、食文化と貿易の様子を、実際に五感を使い体験していきます。このような教科横断的な学びを、ガーデン(畑)やキッチンで体験できるカリキュラムの構成は、学校で食を学びの中心に据えていくことを可能にしています。もとより、こうした考え方は、食文化豊かな日本においては本質を捉えた食育のあり様で、日本古来の多様で全体性を尊ぶ考え方に実に近いと言えるでしょう。

日本でも始まったエディブル・エデュケーション

日本にも、ESYネットワークにつながる小学校があります。東京都多摩市立愛和小学校では、3年前からESYに取り組んでいます。きっかけとなったのは、アメリカのESY実践を日本に紹介した『食育菜園 エディブル・スクールヤード マーティン・ルーサー・キングJr.中学校の挑戦』(堀口博子訳,2006年)を読んだ当時の校長先生が、この学びは今の子どもたちに必要だと感じたことからです。現在もエディブル・スクールヤード・ジャパンとの協働で、日本のモデルとなる教育活動が行われています。

愛和小学校では、総合的な学習の時間を使って、エディブル活動が行われています。例えば、3年生は国語で「すがたをかえる大豆」という単元があります。その学びをガーデンやキッチンを活用して行っていきます。大豆1粒を畑に蒔き、お世話が始まります。芽を出し、成長を観察し、枝豆を収穫し、みんなで試食をします。その後は大豆にまで育て収穫。できた大豆から何を作るかは、児童たちが知恵をしぼって考えます。昨年は味噌を仕込み、今年は豆腐づくりに取り組みました。

キッチンでは、友達と助け合いながら豆乳を絞り、手の感触、大豆の香りと五感をフルに使います。豆腐が固まるまでにカウントダウンが起きるほどの盛り上がりで、児童たちの記憶に残る体験となり、学びを実感することとなりました。また、畑づくりに使う竹を地域の方の協力で切り出し、共にレイズドベッド(上げ花壇)を作ることや、保護者や地域の方を招待し、収穫した野菜でつくるピザパーティなど、地域とのつながりが見える活動も行っています。

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国語の単元「すがたをかえる大豆」最終回は「愛和大豆でとうふをつくってみよう!」キッチンいっぱいに大豆の良い香りと児童の笑顔が満ちています

国語の単元「すがたをかえる大豆」最終回は「愛和大豆でとうふをつくってみよう!」キッチンいっぱいに大豆の良い香りと児童の笑顔が満ちています

 

 

 

これまで3年間の実践から見える児童たちの変化は、教室では目立たない児童がガーデンで大活躍する姿、ニワトリの世話をすることで自信がついた児童、ひとりで食べることが多く食事に関心を持てなかった児童が、テーブルクロスを敷きお花を飾って食を楽しもうとする姿など様々です。さらには児童たちを通して、保護者や地域にも気づきが広がりつつあり、地域の学びの場としても学校菜園が機能しはじめています。

種を蒔こう

「You are what you eat – 何を食べるかが、その人をつくる」という格言があります。私たちは、食べ物でできているのです。食べ物が人をつくり、人が地域をつくり、地域が国をつくり、世界をつくっていくことに自覚的であるためには、種を蒔き、自らの手で食べ物を栽培し、料理をすることから始めるのが効果的です。

ESYのガーデンティーチャーであるジェフ・パーラは、「子ども自身が問いを立て、自分で答えを探すことができるように、全身全霊でそのための環境と時間の流れをデザインする。そんなことを続けていたら、自分自身、毎日が学びの連続で、楽しくてやめられないよ!」と言います。大人も夢中になることで、共に学び合う場が創造されていくでしょう。学校教育に導入するきっかけとして、幼児教育の場、放課後の学校、地域、コミュニティの中につくって行くことも可能です。

日本でも、加工食品の増加、添加物や遺伝子組み換え作物への不安、子どもたちの孤食や貧困が話題に上がります。食べ物をつくることは、生産者理解と同時に、何を食べるのかを自分で決定する食の主権を取り戻すことに直結しています。子どもたちの生きる糧となり、家族や地域、地球の健康へとつなげることができるエディブル・エデュケーションの種を、多くの人に蒔いていきたいと願っています。

NISHIMURA

西村 和代(にしむら かずよ)

一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパン共同代表。カラーズジャパン株式会社代表取締役。1967年京都生まれ。子育てやPTAでの役員経験を活かした独自の主婦視点を持ち、ソーシャル・イノベーション(社会変革)の仕掛け人として、環境教育、食農教育、人材育成、まちづくりの分野で活動。

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