機関誌「地球のこども」 Child of the earth

招かれざるヨソ者からのメッセージ 2019.08.02

文:辻 英之(NPO法人グリーンウッド自然体験教育センター

遡ること26年、IターンやNPOという言葉がまだ知られていない時代。山間地域に移住し長年にわたる努力を続け、地域再生に影響を与え続けてきた辻さん。自身の体験を踏まえ、これから地域へ移住を考えている若い人たちに向けて、定住のポイントを伺いました。

そんな山奥に行ってどうするんだ?

1993年、大学卒業と同時に信州に移住する私のことを、周囲の人はとんでもなく心配したものです。バブル最終期、友人は次々と大企業に就職していました。山奥に行く私の姿は不思議に映ったに違いないでしょう。

門を叩いたのが、今のNPO法人グリーンウッド自然体験教育センター。当時の給料は6万円。とても「就職」と言えるような状況ではありませんでした。今もなお多くの年収があるわけでもありません。へき地山村で生き抜くためには、大学の学歴などは何の意味もないことでした。

招かれざるヨソ者

長野県南端の山村、泰阜村。人口わずか1600人の村です。いまなお国道も信号もコンビニもありません。産業も廃れ、若者の人口流出に歯止めがかからない疲弊しきった山村を、再生して浮上させる切り札などどこにも存在しないように見えます。限界自治体ともいうべきこの村の住民にとって、「村の自然環境が〝教育〟によい」と考えるNPOが入ってきて(1986年)1年間の「山村留学」を実施することなど、到底理解できないことでした。

当時は、IターンやNPOという概念がまだ市民権を得ていない時代。しかも森林や田畑などの自然環境を資本にした生業を諦めようとしていた村民にとって、自然や教育で喰っていこうとする私たちは、まさに「招かれざるヨソ者」だったのです。

山村に希望の灯がともる

しかし今、2019年。私たちNPOは社会的事業に成長し、なおかつ地域再生に30年にわたり影響を与え続けています。この小さな村にあって、20人弱の若者スタッフを雇用する事業は「優秀な大企業」です。

スタッフ全員が村に居住し、結婚して家庭も持っています。自治会や消防団など地域を支えていた住民組織の担い手としての期待にも応えます。

誰もが自然環境を武器に、しかも教育を中心として事業が成り立つことなどみじんも感じていませんでした。それが今、まさに「ヨソ者」が行う「教育」が地域再生の中心に位置付き、疲弊しきった山村に希望の灯がともりつつあるのです。

わしゃ、生まれ変わったら教師になりたい!

訝しげに見つめていた村民も意識が変わりました。1999年、村最奥の地でアマゴ養殖を営む木下氏が子ども達を見送った後に、そうつぶやきました。

当時文部省と農水省連携事業の「子ども長期自然体験村事業」で都会から子ども達を長期間受け入れました。村民が実行委員会(事務局:NPOグリーンウッド)を組織して、初めて取り組んだ子どもの体験活動です。

「わしゃ、子どものことは何にもわからん」と、繰り返し口にしていた彼は実行委員長に推されました。以後、村内で立ち上がる子ども健全育成の先頭に立ち続けています。

都市部から流入する子どもや若者との出会いが、彼を本質的に変えました。このような事例は枚挙に暇がありません。

移住する若者へのメッセージ

この村に来て26年。なかなか理解をもらえなかった人に、ようやく「応援する」と言われました。なんとそれが、つい2年前のことです。ようやく助走が終わり、スタートラインに立ったのかな、と想います。四半世紀、筆舌に尽くしがたい努力を私たちは続けてきました。この「時間をかける」「手間をかける」「丁寧に進める」というのが大事なのです。

「覚悟を持て」と、私はこの村で生きようとする若いスタッフに説いてきました。

覚悟を持つ

村人に敬意を払い続けようとする覚悟
山村で生き抜いてきた村人の歴史、壮絶な思いに敬意を払うこと
彼らのチカラを信じ続ける覚悟
彼らの生き様や暮らしの智慧を信じ続けること

それが小さな村で生き抜く胆のひとつでしょう。それはそのまま、移住・定住する若者への静かなるメッセージでもあるのです。

若者諸君、小さな地域に移住・定住するなら、燃えたぎる覚悟を胸にしてください。それは学歴や経歴よりはるかに重要なものです。これから移住・定住しようとする若者諸君に、信州の山奥から心からのエールを送ります。

辻 英之(つじ ひでゆき)

1970年福井県生まれ。人口1600人の泰阜村に移住して26年。「何もない村」における「教育」の産業化に成功した。現職に、NPO法人グリーンウッド自然体験教育センター代表理事、泰阜村総合戦略推進官、青森大学客員教授・立教大学非常勤講師など。著書「奇跡のむらの物語 1000人の子どもが限界集落を救う!」(2011年 農文協)

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