機関誌「地球のこども」 Child of the earth

能登半島暮らしで見つけた、地域と人を結ぶ仕事 〜里海の可能性をみつめる女性起業家として〜 2019.08.16

文:齋藤 雅代(えんなか合同会社

生まれも育ちも東京の私は、情報誌やIT関連の仕事で多忙な生活を送っていました。学生時代から社会貢献や環境問題にも関心があったのですが、海外と関わることが多く、日本の地方を訪れることは多くはありませんでした。

そんな中、2011年の東日本大震災をきっかけに、東北の被災地を訪れたことで、地域に残る日本の魅力や人の力と可能性を改めて感じました。その後、仕事で能登半島をはじめて訪れ、地域の方々との交流が生まれました。

目の前に広がる穏やかな海の景色や、半島の先まで続く黒瓦の屋根の品格ある街並み、四季折々の豊かな食文化に魅せられたことは今でも鮮明に覚えています。そうして、2014年に地域おこし協力隊として、人口約8219人の穴水町に移住しました。

世界農業遺産に認定 能登半島

石川県・能登半島は、海に囲まれ豊かな山々の自然の中で、昔ながらの農法や漁法が今でも体験できる貴重な地域。2011年には日本で初となる「世界農業遺産」に認定されました。特に珠洲市・輪島市・能登町・穴水町を指す半島の北部エリア「奥能登」は、日本海に突き出た半島の地形もあり、海との深い関わりの中で、文化と歴史が色濃く残ります。

穏やかな穴水湾と伝統漁のボラ待ち櫓(やぐら)

本当に自分が地域と人のためにできることは?

初めは移住相談の窓口をしていましたが、当時は空き家や紹介できる仕事も少なく、説得力がないまま相談を受ける日々。その後、自分自身が事例になればと、海辺の飲食店を開業しました。しかし、慣れない土地と風習の中で、様々な壁にぶつかりました。

ネット環境の普及で働き方のスタイルは増えましたが、人と人との繋がりの中で物事が進んでいく世界で、今までのコミュニケーションが通用せず戸惑うこともたくさんありました。

そんな中、「本当に自分が地域のため、人のためにできることは何だろう」と考えるようになり、いつしかその地域で暮らしている人の魅力を発信していくことと、里海を守りたいという思いの中で、自分ができることを探していくようになりました。

相手の意図を丁寧に汲み取り人と人とを繋げて仕事を生み出す

「実際に来て、この豊かな海と食を体験してもらうことが大切」そんな思いから始まり、次のような企画を次々にカタチにしていきました。

能登の食を通して心と身体のバランスを整える
「NOTO-RETREAT」体験を実施

伝統漁が今も残るこの地域の海は食材の宝庫。しかし残念ながら、旬も漁期も限られ漁獲量も少ないため流通にはのらない。その条件を強みに変えるには、「実際に来て、この豊かな海と食を体験してもらうことが大切」。そんな思いから、能登の食を通して心と身体のバランスを整える「NOTO-RETREAT」体験や、能登の里海里山が持つ魅力を引き出すさまざまなイベントやツアーをカタチに。

地域で活躍できる人材の育成 
都内の大学初!地域包括連携協定を締結

大学では海洋生物と環境をテーマに学んでいたため、2015年に恩師である大妻女子大学・細谷夏実教授が里海研究のため能登町でゼミ合宿をしていることを知り、穴水町にも里海ツアーを企画して立ち寄っていただいた(写真1)。そこから、地域の人との交流が始まり、2018年7月穴水町と大妻女子大学は、里山里海教育の実地学習や地域で活躍できる人材の育成などを目的に、都内の大学初となる地域包括連携協定を締結した。10月には大学公開講座も(写真2)。今年は能登で開催予定。

こうした活動の企画や調整役に仕事として関われるようになり、移住5年目にして都心と地方を行き来する自分らしい働き方のカタチを見つけられました。

一見何もないような場所から、人と人とを繋げて、仕事やアイデアを生み出す発想力は、能登での活動を通してさらに磨かれたように思います。

私の大切にしていること

あくまで主役は地域の人

私自身が、地域プロデュースで大切にしていることは、「地域の人の想いをカタチにする」こと。「あくまで主役は地域の人。地域の人の知恵や経験は思っている以上の可能性を秘めています。仕事一つとっても、適材適所で地域の人に任せ、企画が終わった後には反響やよかったことを丁寧に共有するようにしています。とても地道で時間のかかることですが、その小さな成功体験の積み重ねが、「自分たちがやっている」という自信につながり、続けられるモチベーションになるのだと思っています。

地域の人のサポートをすることは、カタチに見えにくく時間もかかるため評価もされにくいかもしれません。それでも続けていくことで得られる信頼は財産ですし、私自身も様々な人の協力があって実現できたこともたくさんあります。そういった関わりの中で感謝の気持ちを忘れずに、これからも自分らしい地域との関わり方を模索しながら、地域と人の可能性と、豊かな里海を守る大切さを発信していきたいと思います。

齋藤 雅代(さいとう まさよ)

学生時代は海洋生物と環境を学ぶ。卒業後、株式会社リクルート入社。Webメディアや情報誌の編集に携わる。29歳で退職後、渡仏し食とツーリズムの原点を学ぶ。映像の仕事で能登半島を訪れ、食文化の体験ツアーを企画。穴水町の地域おこし協力隊として移住した後、2016年に「えんなか合同会社」を起業。健康と食の体験プログラム「ノトリトリート」や、大学と地域連携、都心と地方を結ぶプロジェクト等に取り組む。

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